明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 続続きもの春秋

14. きものの裄丈について

続続きもの春秋

先日、若い女性が店でゆかたを見ていた。あれやこれや迷っている様子だったので声を掛けた。一通り店のゆかたを説明したけれども余り気が進まないようだった。そして、ポツリと話した。
「私は裄が長いので仕立てられないんです。」
 始めどういう意味か分からなかった。しかし、言葉どおり「反物の幅が狭いので必要な裄が採れない。」という事だった。
 きものの裄は肩幅プラス袖幅である。(図①)反物幅が裄丈の半分以上なければ必要な裄丈は採れない。お相撲さんのような体格の人は裄が採れないので袖は接いで袖付け寄りに幅を足して仕立てることがある。しかし、それは余程体格の良い人の場合である。まして女性ではバレーボール選手のような特殊な体形の人に限られる。目の前の若い女性は大きくはないし極普通の体格である。

「そんなに裄が長いんですか。」
「ええ、ここまで裄を採ると普通の反物ではできないんです。」
 そう言ってその女性はだらりと落とした左手の手首の付け根を指差した。

「そんなに長い裄はおかしいですよ。それは洋服の裄の計り方です。きものは手を水平に伸ばして・・・・・・。」
 きものの裄の計り方を説明すると納得して、
「そうだったんですか。分かりました。良い事を聞きました。」
そう言って帰られた。
  洋服の場合は、手を下げて首の付け根から手首が隠れるだけの裄丈を採るので、きものの裄丈とは6~8cm長くなる。(図②)

その女性に限らず、洋服並の裄丈を要求するお客様が増えてきた。裄丈が反物幅の2倍以内であっても、仕立てに苦労するケースが多い。

 この問題については、きものの構造に起因することなので、まずきものの構造について簡単に解説したい。

 日本の着物は巾約38cm、長さ約12mの布で仕立てるもので、直線裁ちを原則とし、単純にして合理的である。
 長着一着分の要尺を一反としている。

 一反はあくまでも長着一着を仕立てるに足る要尺で、現在は鯨尺3丈とされているが、昔は曲尺4丈とされていた時代もあり、はっきりとした定量的単位ではない。

 綿と絹でも長さが異なり、絹物の場合、メートル法で約12m強が普通である。

巾も昔は30cm足らずのものもあったが、現在は37~38cmあり、キングサイズと称するものは41~42㌢の幅がある。

 さて、その反物を使ってきものを仕立てるのだけれども、基本的にきものは4枚の布で構成されている。左右の身頃と左右の袖である。(図③)

 前身頃は合わせる為に襟とおくみが付けられて着物になる。

きものは洋服と同じように着る人の身長や体形に合わせて寸法を決める。背の高い人は身丈を長く、肥えている人は身幅を広くというように。

これで問題なく昔からきものを仕立ててきたのだけれども、洋服並の裄丈を要求する人が増えてきたので、最近は対応しがたくなってきた。きものの裄が長くなったことについては、『きもの春秋、巨大化するきもの』の項で詳述しているので、ここでは避けるが、寸法の基準が昔とは変ってきた為に対応できないのである。

 表①は女物長着の並寸である。並寸が現代人にとって平均とは言えなくなってきているけれども、並寸を基準として「○○分出し」「○○寸長く」という言い方をするように、並寸は基準となる寸法である。寸法比としては、並寸がきものとして最も理想的な(きれいな)形を成すと言える。

表 1

さて、肩幅と後幅の関係を考えてみよう。裾から肩までは一枚の布である。並寸では後幅は28.5cm、肩幅は30.5cm、その差は2.0cmである。通常後ろ幅は裾から真っ直ぐに上に来て身八つ口の下でわずかな角度をとって肩山に至る。この間に後ろ幅と肩幅の差を吸収する。(図④)

 肥えた人の場合、後ろ幅は広くなる。そして、それに伴って肩幅も広くなるのできものの形には影響しない。痩せた人も同じである。肩幅後ろ幅共に狭くなるので不恰好なきものにはならない。
 

 背の高い人は裄が長くなるので肩幅、袖幅を広くして調整する。その場合、後ろ幅と肩幅の差は2cm以上になるけれども、きものの採寸であれば許容範囲である。しかし、洋服の採寸では裄丈が異常に長くなり、後ろ幅と肩幅の差は莫大なものとなる。

 最近、並寸が適当な人であっても、裄だけは70~72cmで仕立てる人がいる。この場合、並寸よりも裄が8cmも長いので、それを肩幅と袖幅で吸収しなければならない。袖幅だけを8cm広くすることはできないし、袖幅だけを広くすることもできない。半分ずつ、すなわち4cmずつ肩幅と袖幅を広げようとすれば肩幅は34.5cm、後ろ幅との差は6.0cmとなる。身八つ口から肩山までで6.0cm吸収しようとすると、かなり大きな角度を取らなくてはならなくなる。結果的に図⑤のような不格好なきものになってしまう。

 何故このような事が起こってしまうのだろうか。

 直接の原因としては、現代人が昔の人よりも体格が良くなった事にあるけれども、それ以上に洋服感覚で裄の長さを決めてしまうからに他ならない。しかし、本当の問題は、呉服屋が、初めてきものを作る人にきものの寸法を説明していない(できない)からではないだろうか。

 初めてきものを作る人は洋服に慣らされているので、洋服並の裄を要求する。しかし、きものを販売する者は、きものの採寸は洋服とは違う事を説明し、きものの構造上も極端に裄の長いきものは出来ない事を説明しなければならないはずなのだが、それが為されていない。ここでも呉服を売る側の責任が問われる。

 数年前、次のような事があった。
 男物の既製ゆかたを仕入れた時の事である。絣の既製ゆかたを数点仕入れた。後日、商品が届きハンガーに掛けようとしたが、どこかおかしい。調べてみると袖幅が異常に広い。裄を計ると、なんと87cmもあった。男の並幅は66cm、なんと並よりも21cmも裄の長い袖である。肩幅は後幅との関係でそれほど広く採れないので、袖幅が50cm以上もある。幅が50cmもある反物はないので、広幅の生地で造っているのだろう。袖丈が49cmなので、袖が四角いなんとも不恰好な浴衣だった。(図⑥)

 仕入れの時は生地しか見ないし、まさかこのような寸法の既製品を送ってくるとは思ってもいない。即座に担当者に連絡して商品は返品したが、どうしても腑に落ちない。

  その商社は呉服問屋の老舗、問屋の横綱とも言われている商社である。呉服を熟知しているはずの問屋が何故こんな寸法のゆかたを創ったのか。もしも、このようなゆかたが出回れば、消費者は「ゆかたとはそんなものだ」と思ってしまうだろうし、そういった消費者が、その寸法で誂えにいらしたら呉服屋は対応に苦慮してしまう。
「そんな寸法のゆかたはありません。」
と言っても納得しないだろうし、仕立てようにも通常の反物では幅が採れない。

 通常の反物で50cmの袖幅など出来ようはずがない。消費者の混乱に拍車を掛けてしまう恐れは充分である。

 あきれを通り越して憤りさえ覚えて、後日その問屋を訪ねた時に商品を創った担当者を問い詰めた。
「そのような寸法のゆかたを創っておかしいとは思わないのか。」
「通常の反物ではできない袖幅のゆかたを広幅の生地を使ってまで何故創ったのか。」
「きものの寸法に対する消費者の認識を混乱させるとは思わないのか。」
 始めその担当者は言を左右にしていたが、その化け物のようなゆかたは某デパートの要望で作ったというのが真相らしい。某デパートの売り場からの要望でとんでもないサイズの浴衣を創ったという。

 洋服の裄に比べれば、きものの裄は相当に短い。そのデパートの担当者がきもののことを知らずに洋服並のゆかたを創らせたのだろう。あるいは洋服感覚の消費者を説得できずに「売れるものならば」と、きものの常識を破って企画したものかもしれない。又、老舗の呉服商社がデパートの売り場に言われるままにおかしなゆかたを創った事も不思議でならない。

 どちらも「売れれば良い」の神経でその浴衣を創ったのだろう。きものの知識の欠如と目先の売上の為にきものの伝統がないがしろにされている。

  きものは洋服に比べて構造が単純なだけに、形の変更、極端な寸法の変更に鷹揚ではない。それは、きものの欠点ではなく美しい日本のきものの原則と言えるものである。その美しいきものを守り、生活の糧としている業界自らがそれを破壊しているように思えるのは嘆かわしいことである。

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