明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 続続きもの春秋

15. 小売屋が怠っている事

続続きもの春秋

 20年程前までは2兆円とも言われた呉服市場は、現在6千億とも実質5千億とも言 われている。呉服小売店の経営は益々厳しくなっているが、小売店は売上を否、店を守 るのに必死である。しかし、それらの姿勢には疑問を持たざるをえない。

 小売店は問屋から商品を仕入れて消費者に販売している。それは今も昔も、他の業界 にあっても同じである。販売価格と仕入価格の差が営業利益として小売店の手許に残る。

 私が小学生の頃学校の帰りに店に寄ると、よく問屋さんが来ていた。京都や東京から はるばるとボテ箱を担いでやってきていた。そして、商品を拡げて算盤を片手に祖父や 祖母と価格の交渉をしていた。
「○○さん(○○は会社名)、その小紋××円にしといて。」
「奥さん、そりゃできまへん。元はこの値段でっせ。」
そういって、問屋さんは大きな算盤をはじきなおす。
「そんな値段出すのはお宅だけ。」
「いくら安うても、他ではこれより安くは出しまへんで。これではうちが損しますわ。」
「それならお宅に損させないように、一反だけにするからその値段にしといて。」
「何言うてますねん。一反なんと言わんともっと買うとってや。」
「それ以上できないって言うから・・・。」
「相変わらず、奥さん厳しいな。それならここまでしときまひょ。」
 そんな禅問答とも漫才ともつかない会話が交わされて仕入価格が決められていた。

 当時は昭和四十年代前後。今に比べれば呉服業界は活況で、仕入れた商品が右から左 に売れた時代である。

 現在も小売店は問屋から商品を仕入れているのは変らないし、問屋の出張員は月に一 度は店を訪れる。しかし、出張員の持ち込む商品は昔に比べれば少なくなり、商品を持 たずに店にやってくる問屋さえいる。そんな出張員に、
「なぜ商品を持ってこないのか。」
と聞くと、次のような答えが返ってくる。
「今時、仕入してくれる店が少ないんですよ。」

 小売屋が仕入をしない、と言う奇異な話である。仕入をしなくては商売が出来ないよ うなものだけれど、それでも成り立っている小売屋がたくさんある。

「仕入をしない」というのは、問屋から商品を買わない、という意味ではなく、問屋か ら商品を借りて、売れた分だけ仕入をするのである。問屋が正式な「売上」とはせずに、 「仮伝票」「委託伝票」あるいは「浮貸伝票」として商品を小売店に渡し、その後売れた 分だけ「売上」としている。

 このような制度は昔からあったし、私の店でも利用している。しかし、それはお客様 の欲する注文がたまたま在庫になかったり、特別の催事をするときの応援商品として利 用するだけで、仕入とは別枠である。しかし、現在多くの呉服屋は仕入をせずに「委託」 「浮貸し」を主に商売をしている。

 仕入をすれば、店の在庫となり支払いが生ずる。問屋との契約に従ってある一定期間 をおいて代金を支払わなければならない。その間にその商品が売れればよいが、売れな ければ代金を先に支払わなければならず在庫となり、それが長期に及べばデッドストッ ク(死蔵品)となる。

 デットストックが膨らめば経営を圧迫する。景気が良い時には在 庫は回転するけれども、景気が悪くなると在庫のリスクは高まってくる。不況の呉服業 界では、在庫の縮小を考えるのは経営者としては当たり前かもしれない。

以前、地方で高名な会計士の講演を聞いた時に次のようなことを言われた。
「呉服業界では、問屋が商品を小売店に貸す委託制度のようなものがあるそうですが、 そう言ったものをもっと活用すればまだまだ流動性のある経営が出来ます。」

 会計学から言えば、在庫は少ないほうが良いに決っているし、会計士の言葉としては うなずけないこともないのだけれども、この呉服業界にあって「小売屋が仕入をしない」 ということが何を意味し、業界全体にどんな弊害をもたらすのかが会計士には分かって いない。

 結論から言えば、小売屋は仕入をしなければならないし、仕入ができなくては小売屋 の資格はないと私は思っている。

 呉服の仕入の現場は昔ながらに算盤片手に行われる。昭和40年代の祖父母と問屋の 会話は先に示したけれども、それは今でも変らない。私も仕入に行けば同じような問答 をしている。
「○○さん、そら高いわ。これ位にしときなはれ。」 (京都で修行した私は、仕入の時何故か関西弁になる。)
「そら、きついわ。お宅だからこの値段で弾いてますがな。他やったらとてもこんな値段出しまへんで。」
「そらお宅が言う値段やろ。うちはお客さんが買わはる値段で仕入せにゃ売れへん。そ れじゃ高うてとても売れへんで。」
「うちかて原価ってもんがありますやん。」

 そんなシビアな問答が繰り返されて後、
「結城さん、お祖父さん、お祖母さんによう似てきたな。」
 昔から出入りしている問屋さんにそう言われるのである。

 仕入れた商品は売れなければデッドストックになる。売るには安く仕入れなければな らない。商売の摂理で、仕入れる商品はできるだけ安くというのは商人の本性である。 しかし、それは安く売る為であり、消費者にとっても利の有る自然の摂理なのである。

 しかし、仕入をせずに委託で商売をしようとすると、問屋は伝票を言い値で切ってく る。商品を借りる側としてはきつい事は言えない。当然小売価格は上ってしまう。

 最近は、小売屋が仕入をしないので問屋が消費者向けの展示会を催すケースが増えて いる。問屋が自前の商品を並べて展示会を催して、小売屋はお客さんを連れて行く。小 売屋が連れてきたお客さんに売った分だけ仕入とする訳である。

 小売屋は在庫のリスクがなく、小売屋にとっては大変重宝に思えるかもしれない。し かし、小売屋は商品価格に対するチェックはできようもなく、おまけに掛かる経費は小 売価格に上乗せされ益々高い物になってしまう。豪華な旅行や接待が付けば付くほど価 格は上がって行く。

 仕入をしない小売屋は価格に関して消費者に対する責任は皆無とも言える。在庫のリ スクを回避せんが為に販売価格が上昇して消費者のきもの離れを引き起こし、呉服業界 が益々衰退して行くのに気が付かないのだろうか。 仕入をしない小売屋が増える事によって小売価格が上ってしまうと指摘したけれども、 実は仕入をしない弊害はそれに留まらず、それ以上に私が心配している事がある。

  私が商品を仕入する時には、価格もさることながら、商品の品質すなわち柄や素材、 加工などに気を使う。いくら安くても柄が悪ければ売れない。生地が悪くても仕入れら れない。生地の良し悪しは素人目にはあまり分からないが、だからと言っていいかげん な商品を仕入れてしまうと、行く行くお客様からクレームを頂戴したり、店の評判を落 とす結果となってしまう。

  東京や京都に仕入に行けば、数百点から数千点の商品を見て仕入をする。柄で選び生 地や染を吟味して価格交渉をする。価格が折り合えば買い入れる。 一日に数百点の商品を見るのもしんどい話である。始めは気を使っているけれども次 第に疲れてくる。私が疲れた頃を見計らって問屋の人から
「結城屋さん、これ気に入ったら安うするから買うといて。」
の声が掛かるけれども、下手に妥協して仕入れてしまうと後で後悔する。

 最近は染屋織屋も減り、商品も昔と比べればずっと少なくなってきた。昔は1~2軒 の問屋を廻れば欲しい商品が手に入ったけれども、今は5~6軒廻らなければならない。 それでも思った商品は昔よりも見つからない。

 先日、金沢に加賀友禅を仕入に行ってきた。さすがに加賀友禅の本場だけあって、加 賀友禅の留袖、訪問着が数百枚揃えてあった。数時間掛けて一枚一枚吟味して、その中 から訪問着を二枚、色留袖を一枚選び出した。さんざん考えた末、その場で買ったのは 色留袖一枚。あとは京物を仕入れてきた。

 最近は、加賀友禅には余り重い作品が少なくなったせいもあるけれども、仕入とはそ れ程厳しいものだ。買い取った高価な一枚の加賀友禅が売れるか売れないかは店の死活 問題である。決して妥協して仕入れられるものではない。妥協して仕入れた商品が数年 も店の棚に眠った経験もある。

 ちなみに金沢で仕入れた色留袖は入荷して数日後、お客 様の目に止まり売れてしまった。値段を付けたばかりで売れてしまうのは小売屋として 仕入の醍醐味ではあるが、せっかく見つけてきた我子がすぐに離れていってしまうよう で複雑な気持になるのも一興である。

 小売屋の仕入は商品をそれほどまでに吟味している。問屋で何十枚見せられても無い 時は全く無い。数百枚の中で一枚あるかないかである。しかし、仕入をしない小売屋は お客様に見せる商品は全て問屋まかせ。私の経験からして問屋が送ってくるせいぜい数 点の中に小売屋が責任をもってお客様に薦められるものはあろうはずがない。

 小売屋が厳しい目で仕入をしていれば、染屋や織屋も淘汰されるのだけれども、小売 屋が仕入をせずに商品の品質に拘らないのであれば、それなりの商品が出回るようにな る。

 小売屋の厳しい仕入の目が染屋、織屋を益々洗練させるのである。 良い商品(作品)が安く消費者の手許に届くかどうかは小売屋の仕入れが大きな役割 を担っている。その責任をもっと自覚して仕入をすれば呉服業界は活性化すると思うの だけれども・・・。

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