全日本きもの研究会 きもの博物館
43. 割り込み絣大島
大島紬の名はとりわけ有名である。きもの好きな人はもちろん、きものにそれ程縁の無い人でも大島紬の名前ぐらいは知っている。
大島紬は結城紬とともに高級紬として知られている。高級と呼ばれるには、それ相応のわけが有る。大島紬は精緻な絣が施され、泥染めという独特の染色法によって大島ならではの色と風合いをかもし出している。
奄美に自生する車輪梅を煎じた液で糸を染め、それを泥田で晒す工程を3~4度繰り返す。泥で染めるという一見不可解な染色法は大島紬の神秘的な魅力を演出しているようにも思える。
その神秘的な魅力を持つ泥染め大島には次のような伝説がある。
平安の昔から大島で織られていた絣は贅沢品とされ1720年に着用禁止令が発布され、奄美の人々の着用は禁じられた。自分たちで織った美しい絣のきものを着用できない気持ちは察して余りあるが、中には隠れて着用する者もいた。代官が取りしまりに来た時に自分の着物を泥田の中に隠し、あとで洗うと黒く変色していたという。それが泥染めの始まりである。 泥染めに不可欠な鉄分は奄美の土には多く含まれている。それは、昔流れ星が奄美大島に落ちたからだという。
大気圏で燃え尽きずに地上に落ちた流れ星は隕石と呼ばれている。隕石には主に石でできている隕石と鉄の塊である隕鉄がある。大島に落下したのは隕鉄で、その鉄分が大島の泥の鉄分を豊富にした、というのはいかにも科学的で、いったい誰が何時こんな伝説を創ったのかと思ってしまう。
科学の教科書には隕鉄を切って磨いた写真がよく出ている。その切り口は、無骨な隕石の外観とは対称的な美しい文様を見せている。この文様は隕石が数千万年もの間宇宙を漂ううちにできたニッケル鉄合金の結晶だという。ウィドマンステッテン組織と呼ばれるその美しい鉄の文様はあたかも大島紬の緻密な絣を連想させる。
「流れ星が生んだ大島紬」というと、あまりにロマンが過ぎるかもしれないが、大島紬の魅力を表わすには過ぎた言葉ではないかもしれない。
大島紬に使われる糸は、もともとは其の名の通り真綿から手引きされた紬糸を使っていたが明治に入って生糸が使われるようになった。その後、藍大島、泥藍大島が作られるようになり、昭和34年には化学染料だけによる色大島も生産されるようになった。
昭和50年代後半には大島ブームと呼ばれ、大島紬は大量に生産されていた。当時は私も問屋にいた時分で大島紬展が各地で催されていた。そして、大島紬は高価なきものというイメージが定着していった。
一口に大島紬と言っても種類は様々である。その分類は、無地、縞、絣があり、絣には緯総(よこそう)と呼ばれる緯絣と縦緯絣が有る。また、経糸の数や絣の密度でも様々な種類がある。手間のかかっているもの程高価になるのだけれども、その見分け方は難しい。いや、難しくは無いのだけれども、なかなか消費者には伝わらない。
大島紬展のチラシによく、「本場大島紬○万円」という見出しが載っている。大島紬は高価で、何十万円あるいは何百万円もすると思っている人にとっては一ケタで買える大島紬は破格値と感じるかもしれない。しかし、一ケタで売れている本場大島はほとんどが緯総絣である。緯総絣というのは緯糸だけで柄を織り出すもので、縦緯絣に比べれば格段に手間がかからない。安価に出来るので一桁で売られてもおかしくはない。それでも「本場大島」にはかわりはないので「本場大島○万円」は不当表示でも何でもない。冷静に見れば高価な大島から安価な大島があるけれども、消費者にはそれが中々伝わらないのは小売屋として歯がゆいところがある。
無地の大島から縞、緯総、縦緯、そして非常に細かい縦緯絣まで値段も価値も様々なのである。
絣は細かければ細かい程、織柄はあたかも染物の様な緻密さを生んでゆく。その技を競うように試行錯誤が繰り返され、世界に誇る絣柄を創ってきたのである。
絣は防染して染め残した絣糸を交差させる事によってできる。 絣の細かさはマルキという単位で表わされる。マルキという言葉は大島紬の好きな人ならば聞いたことが有ると思う。9マルキ、7マルキ、5マルキというように絣の細かさを表わしている。1マルキというのは経絣糸80本のことを言う。経糸の絣糸総数をマルキで表わすのである。一般に9マルキと呼ばれている大島紬は経絣糸768本で正確には9.6マルキ。7マルキと呼ばれているものは576本で7.2マルキである。縦絣糸の数が多くなるほど経糸と緯糸との絣合せが難しくなり高価になるのは言うまでも無い。
さて、絣の緻密さを決める要素にマルキの他に絣糸の配列による種類がある。 大島紬の経糸は全て絣糸ではなく、絣糸と地糸(絣をつけない無地の糸)がある。通常大島紬の経糸総数は1040本~1508本である。そのうちの絣糸は前述のように9マルキの場合768本。7マルキは576本で、残りは無地の地糸が用いられる。絣糸と地糸をどのように配置するかによって絣の緻密さが左右される。 通常用いられている配列には次のような種類がある。
一元越式・・・絣糸2本、地糸2本の繰り返し
二元越式・・・絣糸2本、地糸4本の繰り返し
それぞれ経絣糸2本緯絣糸2本で構成する小さな井桁絣を基本としている。そして、最も複雑な割り込み式がある。
割り込み式は、絣糸2本、地糸2本、絣糸1本、地糸1本を繰り返すもので、絣糸の数が変わるために、さらに緻密で立体感のある絣を織ることが出来る。しかし、絣糸が2本、1本、2本と変わるために絣合せがさらに難しくなる。そのため割り込み式の大島を織る職人はよほどの熟練者でなければ難しい。
大島紬ブームの時には大島紬が大量に織られ、それに便乗するかのように韓国で織られた大島紬も大量に出回った。安い賃金と器用な労働力を求めていった様は、電子機器や最先端の産業と同じである。そして、技術が移転されれば更に高度な技術を身につけようというのが技術立国であるわが国の宿命である。
しかし、次々と新しい技術を開発する先端技術とは正反対に伝統産業は技術を守り続けることが与えられた宿命ではないだろうか。 西陣をはじめとして伝統産業の技術者が減少している今日、大島でも割り込み式絣という高度な技術を守り続けてもらいたいものである。
関連記事
「きものフォトトピックス 2. 幻の大島紬」
「きものフォトトピックス 3. 昭和41年の夏大島」
「きものフォトトピックス 7. 昔の大島紬」
「きもの博物館 38. 紬」
「きもの講座 5. きものの見分け方と価格について」