全日本きもの研究会 きもの博物館
28. 紹巴(しょうは)
呉服用語の曖昧さはすでに何度も指摘したところだけれども、この『紹巴』も御多分に漏れず何とも理解しがたい織物である。
帯の種類と言えば、何を思い出すだろうか。丸帯、袋帯、名古屋帯、半巾帯、これらは帯の形態の種類である。西陣織、博多織、これらは帯の産地の名称である。唐織、佐賀錦、綴などは 織方の名称である。どの名称を使おうとも帯の名称にはかわりはない。もっとも、それ程厳密に言葉の意味を理解している人は少ないけれども。
私が京都にいた頃、六階建ての問屋の二階は帯で占められていた。今よりはまだ呉服業界も活気のあった15年程前である。2~30本の帯が一山に重ねられ、それが幾山も並んでいた。注文があれば、その注文に合う帯をその中から抜き出していく。畳と帯の匂いが混じった部屋は私にはとても懐かしく感じられる。
ある時先輩の社員が帯を抜き出していた。帯を保持するビニール袋を滑らして手際良く帯を探していた。突然手が止まり、隣にいた私に袋から帯を取り出してその帯を見せながら言った。
「これは紹巴という帯なんだ。」
「ショーハですか。」
「そう、ほらシワにならなくて柔らかいんだ。」
確かにその帯は柔らかく軽く手でもんでもシワにならない袋帯だった。
「ほかの帯とどこが違うんですか。」
「うん、そりゃ織方が違うんだ。」
「どう違うんですか。」
「ああ、こりゃ博多だな。」
私は事細かに紹巴について聞いたけれども正確に答えてはくれなかった。
さて、紹巴とはどんな帯なのか、徹底的に調べなければ気がすまない。お客様に聞かれて「分かりません」とは言いたくないのである。
『紹巴』とはどんな帯なのか調べてみた。手持ちの本で、図書館に行って調べたけれども、紹巴についてはほとんど書いていない。わずかに調べることができたのは次のようである。
『紹巴 絹織物のひとつ。種々の色相に染めたる経緯糸を用い、山形或いは崩綾の組織を以て紋様を現わしたるもの。地合いは厚からず緞子(ドンス)繻珍(シュチン)等と同じく羽織裏等に使用す。産地は主に京都西陣なりとす。 染織辞典』
『蜀巴(ショウハ) 名物裂、明代紋織物のひとつ。経緯共に強撚糸を用い細かい横の杉綾状、又は山形状の地紋を持つ。紋様は雲版形の花、蓮牡丹、遊戯図、横段の幾何紋など、地が厚手なので挽家(ヒキヤ)の袋に使う。又、諸巴、蕉巴とも書く。 原色染織大辞典』
『紹巴織 明王朝時代、中国が発明案出した独特の柔らかみとつやを持った絹織物。畔組織の織物で基本的には生地組織をさして言う。千利休の弟子で、連歌師里村紹巴の愛玩した名物裂金欄から由来するものとも言われる。』
山程資料を調べたけれども、紹巴に関する記述はわずかに以上のようなものしか見当たらない。少ない資料を元にまとめれば、紹巴の特長は次の三点である。
緞子(ドンス)などと同じ、色糸を使って紋様を現わした絹織物であること。
明王朝時代に中国で発明されたもの。
「紹巴」の名は連歌師、里村紹巴に由来していること。
それぞれの説明には有機的な繋がりはなく、今帯地として織られている織物が明の時代に発明された物なのか。里村紹巴が愛玩した織物は同じものなのかは明確に書いていない。又、紹巴の名が里村紹巴に由来するのであれば何故『蜀巴』『諸巴』『蕉巴』という当て字があるのか全く分からない。
百科事典で紹巴の項を引くと、すべて里村紹巴の事が書いてあり、織物については一切書いていない。
あまりに紹巴に関する記述が少ないので、懇意にしている機屋さんに聞いてみた。 「紹巴って言うのは、本当にそんな言葉はあるんですか。辞典にもほとんど載っていませんよ。」
「紹巴は紹巴で私たちの間では通りますよ。」 「では、どんな織物なんですか。」
私が執拗に食い下がると、ようやく明確な答が得られた。
「私どもで織っている紹巴というのは、『別搦(べつがらみ、二重経)』で『ヨコが混んで(緯糸の打ち込み数が多い)』いて、『裏表の生地面が同じ』織物の事を言います。」
分かったような分からないような説明であるが、専門用語で言えばそうなるのだろう。そして、最後に付け加えて次のように言った。
「幾多の変遷をたどり、現在帯としての目的で紹巴と称しているものに組織上明確な定義がないのが実状です。」 やはり、どうもすっきりしないのがこの紹巴である。しかし、目の前には間違いなく紹巴織の帯があるのも事実である。
現在、紹巴は西陣と博多で袋帯と九寸名古屋帯が織られている。どちらも数は少ないけれども昔ながらに織られている。機屋さんや問屋さんの間では『紹巴』の名で通っているが、消費者には『紹巴』の名前はあまり届いていない。前述の如く帯の呼び方はいろいろとあるので、『紹巴』とは呼ばれずに『しゃれ袋帯です』とか『博多の袋帯です』とか呼ばれているのだろう。
紹巴の袋帯は、唐織や佐賀錦、綴帯などの派手な帯に比べると実に素朴な味わいがある。しゃれ帯として、お茶時の帯としてはぴったりである。一度手にとって見て戴きたいものである。 「これが紹巴ですか」と紹巴独特の味わいを納得戴けると思う。
辞典にさえも満足に載っていない紹巴織は、伝統的な染物や織物が姿を消しているように姿を消し、紹巴という言葉さえも後世に残らないかも知れない。