明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの博物館

37. 白生地

きもの博物館

 白生地とは生地を後染めする前の生地であることは誰でも知っている。白生地と聞けば真っ白な生地を連想する人も多いことだろう。友禅の素材として使われる白生地だけれども、白生地はきものの世界において友禅の素材という意味を越えた一種独特の確固たる地位を占めている。

  白生地屋というのがあった(今もある)。白生地屋と言っても白生地を専門に小売する店ではなく、正しくは白生地問屋である。白生地の産地である京都の丹後や滋賀県の長浜、新潟の五泉といった産地に白生地を織らせてそれを染屋に納めるのである。

  ガチャ萬と言われた華やかなりし頃は相当数の白生地屋が京都室町や東京日本橋に軒を連ねていた。 私も京都にいたころ白生地屋に行った事があった。注文してある白生地を引き取るためである。狭い部屋には白生地が所狭しとうずたかく積まれている。白生地にはさまざまな種類がある。一越縮緬、鬼縮緬、羽二重、綸子など、種類ごとに積まれている。その中から必要な白生地を一反一反掴んでボテ箱(業界では反物を入れる箱をそう呼ぶ)に入れる。

 白生地の感触というのは格別である。反物を掴むと「きゅっ」という衣擦れの音がする。それはあたかも生きている絹が掴まれて「痛い」と叫んでいる声のようにも思えるのである。そして余りに白い生地を見ていると、触れればたちまち手垢が着いてしまいそうにも思える。大切に大切に汚さない様に傷つけないように反物を一反一反ボテ箱に移す。ボテ箱の中に行儀良く並んだ白生地は赤子が眠っているようにも思われた。

  昔は(それ程前のことではない)白生地は染屋に卸すばかりでなく小売屋でも売られていた。お祝いの贈答品として白生地は良く売れた。 今でも政府の物価動向調査の項目に「白生地」があるらしく、定期的に担当者が当店に顔を出して、
「白生地の値段は変りありませんか。」
と聞いて行く。今時白生地は月に一反も売れないので、
「変りはないと思いますよ。」
としか応えようが無い。今だに物価の統計を左右するのだから往時の白生地の地位が窺い知れる。これも、昔は白生地が良く売れた証左なのだろう。しかし、今白生地は小売屋の店頭からほとんど姿を消してしまった。今でもお客様が
「昔もらった白生地があるので染めてもらえますか。」
と白生地を持ち込まれる事がある。

 中には少々黄色くなったものもある。古いものでも染めれば新品の色無地になるのは云うまでも無い。 白生地には着用する人が自由に好みの色に染められるというメリットがある。自分が好みの色を選べることも去ることながら、贈る人は自分の好みをおしつけることなく相手に喜んでもらえる。 最近は白生地を注文する人はいなくなり、ほとんどの人が既製の色無地を選んでいる。

「わさび色の色無地が欲しいのですが。」
「紅花色の少しくすんだ色はありませんか。」
と云って客は並べられた色無地の中から自分の好みに最も近い色を選んでいく。 しかし、色の種類は数限りなくある。その数は数万色あるいは数十万色と数えられるものではなく、無限の色数があるといえる。もっとも人間の目で見分けられる色数は二十万色と言われている。二十万反の色無地を用意すれば全ての人の好みに対応できるのだろうけれどもそうはいかない。せいぜい二~三十反の中から好みの色を選んでいる。自分だけの色無地を着たいと思えば、白生地を好みの色に染めるのが一番である。

  好みの色を捜して白生地を染めて仕立てるというのは少々面倒かもしれない。小さな色見本と染め上った反物では全く同じ色に染めても印象が違ったり、色見本の生地の材質と白生地の材質が違う場合光沢やシボの高さなどで色が違って見えたりもする。そういう意味では現物を選ぶ方が良いともいえる。しかし、最近はきものの需要の減少にともなって商品も少なくなっていて、選べる色数も昔に比べてずっと少なくなってきた。微妙な色合わせこそ和服の命、と思う立場からは何とも寂しくなってしまう。

  最近問屋さんが店に来て次のような事を言った。
「へえー、お宅では八掛の在庫があるんですね。」

  八掛というのは、裾まわしとも言うきものの裏地である。裾や袖口に使うために無地やぼかしに染めてある。小紋や付け下げ、紬などの表地に合わせて同色や反対色など好みの色の八掛を裏地に使い自分のおしゃれを演出するのである。色の合わせは微妙である。同色であっても明度によってきものが野暮ったくなったり、オシャレになったりする。お客 様のきものに八掛を合わせるにはまず何色かの合いそうな八掛をお目にかけてお客様の好みを理解する。そして、色がだいたい決まったら、その種類の色の八掛を並べて一番合う八掛を選んでもらう。

 前述の如く色の種類は数限りなくある。八掛の在庫は多ければ多いほど良いがそうもいかない。それでも私の店では同色系統の八掛を五~十枚は用意している。明度や再度の微妙に違う八掛を五~十枚見せればお客様は納得してくれる。 しかし、最近は八掛の在庫を持たない呉服屋が多いという。店の経営を考えれば、在庫はできるだけ少ないほうがありがたい。そんな訳もあって八掛の在庫を持つ呉服屋が少なくなっているという。

「そういう店では八掛合わせはどうやっているのですか。」
と聞くと、多くの店は八掛の見本帖を使っているという。見本色に番号がつけてあって、電話で注文すれば即座に問屋は八掛を送ってくれる。問屋は決まった色の八掛を染めてさえいれば注文に対応できることになり、これまた効率的な経営といえる。

 しかし、八掛の見本帖といえども、その色数はせいぜい百色程度である。そして、色の配色が等間隔になっているためにきものらしくない(和風でない)色も多く含まれている。その中で実際に使えるのはせいぜい五~六十色である。七色で分類したとして(色に線引きすることはできないけれども)一色あたり七~八色である。それを地味、中、派手にわければ選択肢は二~三枚。明度彩度の違いを考えればほとんど選択の余地はなくなってしまう。すなわち、どの色のきものには何番の八掛というように、客の好みにはとうてい対応できない。


 八掛のような裏地でも、いや裏地であればこそ、その微妙な色合わせは個性を決める重要な要素なのである。工業化、規格化の波の中できものも製品番号で云々されてきているようでならない。

 色無地でも自分の好みの、自分のセンスの色を納得の行くまで考えて染めてみてはいかがだろうか。昔の人が白生地を染めた裏には実はそのような自分だけの色を求めるといったこだわりの感性が働いていると私は思っている。地紋や光沢の違う生地の中から自分の好きな生地を選び、そして自分の色に染めるというのはきもののオシャレの醍醐味ではないだろうか。

 洋服にはオーダーメードという言葉があるけれども、果たして色のオーダーメードというのはあるのだろうか。せいぜい並べられたファブリックから選ぶ程度ではないだろうか。 和服の良さは、こんなところにもあるように思われる。

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