明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅰ 着物の価格形成 ⅲ買取と浮き貸し

きもの春秋終論

 問屋の商品には小売屋に売り渡す標準価格がある。仕入れた価格にある一定のマージンを載せたものだけれども、仕入れ価格に左右されるので同じ商品でも問屋によって標準価格が違うことは前節で述べてきた。

 問屋が小売屋に売り渡すべき価格(標準価格)は、反物に付いている呉服札に記載されている。記載されている、と言っても誰もがわかるような数字で記載されているのではなく、その問屋の人間しか読めない符調、いわば暗号で記載されている。それは乱数を用いた数字であったり、カタカナや漢字であったりする。

 小売屋に価格を聞かれれば、問屋の人間はその符調を呼んでソロバンで回答する。

 問屋の呉服札には価格だけではなく様々な情報が帰されている場合が多い。仕入先、原価、利幅、仕入れた日付等々。それらを解読しながら問屋は小売屋にソロバンで価格を提示する。

 問屋が小売屋に提示する価格は一定ではない。ソロバンを間に挟んだ小売屋と問屋の駆け引きが始まる。

 できるだけ高く売りたいのが問屋である。できるだけ安く買いたいのが小売屋である。舌戦を繰り広げながら小売屋が買い取る価格が決定される。問屋が価格を提示する際にその判断材料とされるのは主にその小売屋が信用ある取引先か否かにある。取引が長く、滞りなく支払いしてくれているような小売屋に対してはソロバンはおのずから甘くなる。その問屋をメインの仕入先にしてるとなればなおさらのこと。信用がソロバンの値段を左右する大きな原因になる。

 逆に、支払いの悪い小売屋や一元の小売屋に対しては中々安く卸してはくれない。

 概して小売屋の買取り価格は、問屋と小売屋の力関係が大きく係わる。卸価格が決まっている工業製品と比べれば、古い商売とも言えるし面白い商売ともいえる。

 このような買取のルールは昔から行われてきたものだが、近年こういった取引は非常に少なくなっている。

 小売屋が問屋から商品を買い取る。その商品は小売屋の在庫となり、お客様にその在庫の中から商品を買っていただく、という流れが元もとの呉服の商売だった。しかし、買い取った商品が売れなければ在庫として小売屋に商品が滞留することになる。売れない在庫(不良在庫)が増えれば小売屋の経営を圧迫する。

 着物が良く売れていた時代は、商品の回転が良く少々不良在庫が貯まっても、赤札で処分することもできた。しかし、今日着物が売れない時代は在庫を持つことそのものに抵抗を感じるようになる。

 商品を問屋から買わずに商売する方法として商品を問屋から借りるという方法がある。借りた商品を客に見せて売れた物だけ買い取って残りは返してしまう。そうすれば小売屋は在庫を持たずに商売をすることができる。

 問屋が商品を小売屋に貸すという仕組みは以前からあった。小売屋から注文があれば、その注文に適していると思われる商品をいくつか送り、小売店はその中から気に入ったものを取り、残りは問屋に返す、という仕組みだった。

 問屋から小売屋に商品を送る際、小売屋が買い取る商品は「帳合伝票(黒伝)」を添えて送る。小売屋に貸す商品は「浮き貸し伝票(仮伝)」を添えて送る。高額な商品である着物を取引するにはなくてはならない仕組みとも言える。

 このような「浮き貸し」は、いわば小売屋の在庫を補填する為に使われてきた。しかし、最近は商品を買い取って在庫となるのを嫌う小売屋が頻繁に使うようになっている。

 客から注文があれば問屋から商品を借りて客に見せて商売をする。小売屋は在庫を持たずに商売ができる。小売屋にとっては真に重宝な制度である。しかし、問屋は堪ったものではない。問屋は小売屋の在庫の肩代わりをすることになる。このような流通体系は当然業界にひずみをもたらす。

 まず第一に問屋は大きなリスクを負うこととなるために、そのリスクを価格に転嫁する必要に迫られる。具体的には、ソロバン片手に買い取る価格のように値引きはせず、浮き貸しの価格は標準価格あるいはそれに上乗せした価格で小売屋に卸すこととなる。

 つまり、買取り価格と浮き貸し価格には大きな差が生まれる。現実には3割~5割の価格差が生じることが多い。「浮き貸し」という仕組みが着物の価格を押し上げる大きな要因となっている事は否めない。

 価格の面で「浮き貸し」が悪い影響を及ぼしているが、実はそれ以上に「浮き貸し」は呉服業界に悪影響を及ぼしている。

 買い取った商品が小売屋の在庫と成り、それが経営を左右する一つの大きな要因となることは既に述べた。

 私の店では買取を前提としている。お客様の欲する着物が在庫にない場合は問屋から商品を「浮き貸し」してもらうことはあるが、原則的には買い取った在庫で商売をしている。

 当店が何故買い取りに拘るのかと言うと、第一には価格である。前述した通り同じ商品でも「浮き貸し」では高くなる。当たり前のマージンであっても、買取りの場合販売価格が10万円のものを借りて商売をすれば15万円で販売しなければならなくなる。

 「より安い価格で消費者に」という商売の原則からすれば買取の方が有利である。他店で10万円で売っている着物を15万円で売るわけには行かない。しかし、最近は平気で借りた商品を15万円で売る小売屋が増えている。

 買取に固執するもう一つの理由は商品の品質である。

 30年前に比べて呉服業界の規模は十分の一になってしまった。染屋織屋も廃業が相次ぎ、問屋もその数は激減している。昔は欲しい商品がすぐに使ったが、今日商品を探すのに苦労する。

 昔は問屋に要望を伝えれば複数の問屋がそれらしい商品を送ってきて容易に商品が手に入った。しかし、今は問屋に探してもらい送ってもらうけれども良い商品にはめぐり合わない。良い商品を安く手に入れるには自ら京都や産地に赴いて沢山の商品から選び仕入れるしかなくなっている。

 私が京都で仕入れるときには、加賀友禅であれば100枚~200枚くらいの商品から良いものを数枚選び出し問屋とのソロバンで買い取るものを選定するのだけれども、おめがねに適うのはあっても1~2枚である。

 そのようにして商品の仕入れをしているが、仕入れは真剣勝負そのものである。上述したように仕入れのミスは不良在庫につながり、店の経営を圧迫してしまう。

 さて、買取をする呉服屋が減り、借り手ばかりいる呉服屋が増えるとどうなるのか。

 問屋は商品を揃えていても小売屋は買ってくれない。問屋は貸し出しばかりになってしまい効率が悪くなる。小売屋に50反送ってやっと1反売れる、というのはまだ良いほうで、100反貸したけれども1反も売れない、ということもある。

 流通の構造としておかしな話であるが、問題は品質の低下を招いている事にある。

 私が商品を仕入れるときには真剣勝負である。より安くより良い商品を買い求め、それが売れなければ何もならない。柄、品質、価格共に売れる自信のある商品をリスクを負って仕入れてくる。もちろん売れそうもない商品は買わない。

 もしも、全ての小売屋が買取をしたとすると、問屋では売れない商品はメーカーから仕入れられない。売れる商品を開発してメーカーに発注することになる。そこで問屋もリスクを張って仕入れ、物創りをする。

 メーカーはメーカーで問屋が仕入れてくれる物を創らなければならないし、小売の現場でどのような商品が売れるのか知らなければならない。

 小売屋、問屋、メーカーいずれも商品の目利きには真剣にならざるを得ない。

 しかし、浮き貸しばかりが横行する中では良い商品を創ろうとする気概は削がれてしまうし、どのような物を市場で求めているのかさえも分からなくなってしまうのである。

 浮き貸しという業界にとってなくてはならない仕組みは度が過ぎて、価格を押し上げ、品質の低下を招いていることは否めない。

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