明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅳ きものを取り巻く問題 ⅶ きものが分かるきもの屋はどれだけいるのか

きもの春秋終論

 きもの屋は着物を商うきもののプロである。当然きものの知識がなければならない。もっともきものの世界は奥が深く、完全に習得している人などまずいないだろう。これはどんな世界でも同じである。いくらその道のプロであっても全てに詳しい人などまずいない。

 医者の世界では、余りに広い知識を要するので、専門部門の医者になっている。外科医、内科医、精神科医など同じ医者でも専門性をもって医療にあたっている。最近は専門が更に細分化し、その事が医師不足につながっているという。

 きものの世界は医療の世界ほど大きくはないかもしれないが、それでもきものについて全て知っているという人はいないだろう。きものの糸や生地について、その産地、染色や織について。また寸法について、作家や染屋、織屋について等々。私もその一部を知っているとしか言えない。

 きものの業界にあっては、その立ち位置によって取得しなければならない知識は違ってくる。白生地屋であれば生糸の産地や品質、織方について知らなければならない。私の店に出入りする白生地屋は実に詳しい。私はその人が来店するたびに知識を吸収しているが、未だに聞く話は私の知らないことばかりである。

 染屋であれば、生地のことはもちろん、染料の事、今まで行われてきた染色法など詳しく知らなければ良い商品はできない。織屋も同じである。仕入れの展示会で染屋さんや織屋さんと直接話をする機会があるが、やはりそこでも私は自分の無知を自覚させられる。

 また、問屋さんであれば、全国の産地、そしてそこではどんな商品が創られているのか、価格の相場はどのくらいなのか、などの商品知識を要する。

 白生地屋は良い白生地を織り、販売する為。染屋織屋は良い商品を創る為。問屋は商品を小売りやに卸すのに必要な知識が求められる。それらの必要な知識はきもの全体の極一部かもしれない。

 さて、消費者にきものを売る小売屋(きもの屋)にはどのような知識が必要だろうか。商品知識は言うまでもない。お客様に目の前の商品を説明できなければきものを売る資格はない。それと仕立てについての知識である。最近は初めてきものを仕立てるお客様も多い。そんなお客様には適切なアドバイスが必要である。またしみ抜きや各種加工についての知識も必要である。

 きもの業界の立ち位置によって特に必要とする知識は違ってくるが、白生地屋や染屋織屋は商品創作の為の特化した知識。問屋は同じ知識を共有する小売屋におろし為の知識を必要とする。しかし、小売屋は消費者と言うきものの知識については未知数のお客様の満足に応えなければならない。お客様は、糸について質問してくるかもしれない。反物の産地や品質について説明を求めてくるかもしれない。そして、寸法についてはほどんど知識のないお客様に説明しなくてはならない場合もある。

 お客様にとっては、きもの屋さんはきものについて何でも知っていて当たり前なのである。商品の説明が足りなくてトラブルが起これば、「あなた、プロでしょ。」の誹りを免れないのである。

 さて、そういう意味で今の呉服屋はどれだけきものに関する知識を持っているのだろうか。

 全てを知っている呉服屋などいないことは前述した通りである。しかし、最低限消費者の満足を得られる知識を持った呉服屋はどれだけいるのだろうか。私は最近はなはだ疑問に思っている。

 展示会にお客様を案内した販売員が「お似合いですよ」「お得ですよ」「安いですよ」の三言しか言えなかったという話を聞く。また、むやみに「人間国宝です」と連発して説明する販売員もいると聞く。そういった商法のお店では、客を勧誘する人、客に販売する人、採寸して仕立てる人など分業であたっているのかもしれない。

 しかし、きものの知識のない人がどうやってお客様を勧誘するのだろう。また、どうやって仕立てあがったきものをお客様に収めるのだろう。お客様には好みもあり、既に持っているきもの、また懐具合(いくら位のきものを求めているのか)もある。販売する人は、そのようなお客様の事情を知らずにきものを販売できるのだろうか。

 きものの知識が希薄になってしまった現代のお客様に、いかに分かり易く説明してお客様に喜んできものを着ていただくのが呉服屋の使命と思えるのだが、それがないがしろにされているようでならない。

 仕立てについても呉服屋の知識がいかばかりか疑問に思うことがよくある。

 私の店では、昔の反物であったり、他の店で購入した反物の仕立てや仕立て替え、直しなど何でも承っている。お客様が持ち込むきものの中にはとても呉服屋が採寸して仕立てたものなのか疑問に思うものも多い。

 最も多いのは裄丈の長いきものである。裄丈については既に書いているので詳しいことは割愛するが、洋服に慣れたお客様は長い裄丈を要求する場合が多い。仕立てる場合、お客様の好みを聞かなければならないのは当たり前だけれども、裄丈が長くなれば肩幅も長くなる。痩せた人の肩幅が長くなれば着心地にも影響する。むやみに裄丈の長いきものを仕立てる呉服屋は、そのあたりをお客様に十分に理解してもらっているのだろうか。それともその呉服屋は、そこまで気が回らないのだろうか。

 先日持ち込まれた着物は身丈が異常に長かった。身丈は人によって異なる。腰ひもの位置によって身丈は変わるので、一概に身長から割り出せるものではないが、女性の場合は身長の長さを身丈の目安としている。しかし、その持ち込まれた着物は身長よりも約10cm長かった。普通に着付ければ腰ひもの位置はずっと上になり、長いお端折りになる。

 そのきものの身丈が長いのは、そのお客様の好みかと思い聞いてみると、そのきものは初めて仕立てた着物だという。寸法は呉服屋さんに任せたとの事だった。

「このきものはお客様の身長からすると、ちょっと長いのですが着難くはありませんか。」

 そう聞くと、確かに着難いという。そして、着付はその呉服屋で習っているという。そして、

「着付けの先生に着難いと話すと、『それは○○してください』と言って着付けてくれたけれども、どうも変でならない。」

と言うことだった。まともに考えれば、丈の長いきものを無理やり着付けたとしか思えない。販売した呉服屋、着付け師共に同じ店の人である。このような事が呉服業界ではまかり通っているのだろうか。

 寸法は呉服屋がお客様にきものを納める時もっとも気を遣う。実は私は採寸に余り自信がない。自信がないと言ってしまうと呉服屋として不合格と思われてしまうかもしれないが、きものの寸法は着る人の好みに左右されるために、如何に最新の注意を払って採寸したとしても、「ほんとうにお客様に着易いと言ってもらえるだろうか」と言う思いが消えない。

「この前仕立ててくれた着物、寸法がぴったりでした。」と言った言葉を聞くまでは落ち着かないのである。

「この前の着物、寸法はいかがでした。」とお客様に聞くと、「あの着物まだ着ていないんです。」などと答えられると、裁判の判決が先に延ばされたような気にもなってしまう。

 きものの商品知識や仕立てについて、消費者が頼れるのは呉服屋である。しかし、知識のない呉服屋が増えれば、呉服屋の言うことを金科玉条と受け止める消費者はどうなるのだろう。誤った知識が消費者の間に次第に広まってしまう。自分が聞いた知識が全てと他の人の言うことを顧みない人同士が益々きものの世界を歪めてしまうのではないだろうか。

 良心的にきものを守ろうとしている人たちが逆に異端視されることさえも考えられる。 きものは日本人が長い年月をかけて築き上げてきてものである。先人たちの知恵と努力で今日のきものがある。それを全て理解することはとてもできないことではあるが、呉服業を生業とする人たちは、少しでも正しく理解する努力をして、それをお客様に伝える義務を帯びているのではなかろうか。

 売る為だけの技術を磨き、きものの行く末をないがしろにする呉服屋は猛省してもらいたいと思う。

着物のことならなんでもお問い合わせください。

line

TEL.023-623-0466

営業時間/10:00~19:00 定休日/第2、第4木曜日

メールでのお問い合わせはこちら