全日本きもの研究会 きもの春秋終論
Ⅵ.きものつれづれ 18.着物との本当の付き合い方とは・続編
『Ⅶ 12.着物との本当の付き合い方とは』で紹介した御主人が来店された。
「先輩、ようやく蔵の片づけが終わりました。先代の着物が沢山出てきたのですが、見てもらえませんか。着られるものがあったら、私も息子も着たいと思いますので。」
前回紹介したように、この親子は着物を着る。新しい着物やしゃれた着物を着たいのではなく、ただ生活の中で着物を着ているのである。折角出てきた先代(祖父)の着物が着られるのかどうかを見てもらいたいと言う事だった。
「先代は背が低かったので着られるのかどうか分からないのですが。」
先代の方は、私も生前お会いしたことがあるが、背が低かった。
「昔の人は着物を大切に着ていたので、おそらく内揚がしてあると思います。見て見ないと分かりませんが、内揚があれば仕立て替えはできると思います。裄は、相当昔の着物でなければ反物幅はあるはずですので伸ばすこともできます。とりあえず見て見ないと分かりませんが。」
呉服屋の仕事は、反物を売る事ばかりではない。着物に関するお客様の相談に乗ることも仕事である。まして、丸洗いや仕立て替え、寸法直しも商売である。
「ちなみに明日の二時に来ていただけますか。」
私はもちろん承諾して翌日の二時に、物差し三本(鯨、曲、メートル)と本人と息子さんの寸法表を携えて自宅に伺った。
自宅に上がると、
「着物は居間に並べてあります。」
と今に通された。
タンスの引き出し六つ程、中には着物が山積みされている。
「すごい量ですね。」
と言うと、
「我が家は贅沢をしないので、お宝はないと思いますが、とりあえず見てください。」
そして、
「私は冬場の着物はあるのですが、夏の着物を欲しいと思っています。しかし、どれが夏物なのかもわからなくて。」
その言葉に、私はとりあえず並べてある着物を袷、単衣、薄物の三つに分類した。全部で三十着くらいだろうか。袷も単衣も夏物もある。私は夏物から一着ずつ見て行った。
身丈を計り、内揚があるのかどうかを確かめた。全ての着物の中で、内揚がされていなかったのはたった一着だった。昔の人が後々の事を考え、如何に着物を大切にしていたかが伝わってくるようであった。
麻の着物があったのでご主人に羽織って見てもらった。何故か身丈はそう短くはなかった。まして夏に着る着物である。身巾は問題ない。裄が少々短いくらいだった。
「この着物は内揚があるので、解いて仕立て替えれば、寸法通りに仕立てられます。しかし、解いて仕立て替えとなると加工代がかさみます。丈が気にならないようでしたら、丸洗いして裄だけ直す手もあります。」
私は大体の見積もりを提示してそう言った。
「それじゃ、洗って裄だけ直してください。」
他の着物も一着一着点検しながら見て行った。
ご主人の好みも聞きながら、
「これは仕立て替え。」
「これは丸洗いして裄を出す。」
「これは丸洗いだけ。」
と分けて行った。
結局、二着を仕立て替え、アンサンブル二着を含む六着は丸洗いして裄を出すこととなった。
「全部加工するのに、ちょっと時間を頂きますが、単衣と夏物はできるだけ早くします。」
そう言って加工する着物を風呂敷に包んだ。
「どうぞ、お茶を御一服。」
と言う奥さんの声に、茶の間でお茶を頂いた。
御主人は奥さんに一言。
「いやー、お宝があるかと期待したけど、やはり無かったよ。」
御主人も、何かお宝があればと内心期待していたようだった。しかし、着物は皆大切に保管され、加工すれば十分に着られるものだった。御主人にとっては、着られないお宝よりもずっと値打ちのあるお宝だったと思う。
丸洗いして裄を出しても加工代は一着当たり二万円足らずである。それで六着の着物が着られるようになったのである。本来着物はこのように着継がれるべきものである。
巷の呉服屋で聞かれる、
「着物は長く着られますから。子や孫、末代まで着られますよ。」
と言う売り口上は全くその通りである。しかし、全国の呉服屋さんはそれを実践しているだろうか。最近の展示会商法や訪問販売を見ていると疑問を抱かざるを得ない。
呉服屋に限らず商売はお客様の立場に立ち、プロとしてどんな商品、サービスをお客様に勧めたらよいのかを考えなければならない。商売を長く続けようと思うのならば、お客様の信頼は欠かせない。
お客様の好みに懐具合も考え併せ適切な商品を進める。加工するのであれば、どのような加工ができるのか、そして安くできる加工法も合わせて考えお客様に提示する。そう言った事が今の呉服屋には欠けている様に思える。
呉服屋に、仕立替えや加工を頼みに行くと、
「できません。」
「加工するなら新しく作った方が安いですよ。」
の一言で追い返される話も聞こえてくる。
「着物は孫末代・・・。」
の売り口上は何だったのかと思う。
親や知人から譲られた着物を大切に着る事を今一度考えて見てはいかがだろうか。近くの呉服屋、行き付けの呉服屋に持ち込んで着物にもう一度命を吹き込んで欲しい。本当の呉服屋であれば、喜んで相談に乗ってくれるはずである。乗ってくれないのであれば、それは唯の呉服を売るだけの業者である。消費者の熱心な思いがあれば、呉服業界も変われるものと思う。