明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅴ 呉服の常識と言われていることは常識か? ⅱきものは高い?

きもの春秋終論

「きものは高い」と言う言葉をよく聞く。きものを着ようとする人も「きものは高くて」と言って敬遠してしまう人もいる。

 若いきもの好きの方が店にいらした時、飾ってあった訪問着を見て
「いくらぐらいですか。」
と聞かれた。知っている人だったので、
「いくらだと思いますか。」
と逆に聞いてみた。すると、
「う~ん、100万円くらい。」
という答えが返ってきた。その訪問着は33万円だった。若い女性から100万円と言う言葉がいとも簡単に出てきたのには驚いた。その方がいつも100万円のきものを買っているとは思えないが、きものは高いものと頭から決めつけているようにも思えた。

「きものは高いもの」そんな風に思われている節がある。本来きものはそれ程高いものなのだろうか。

 この論考は、
「きものは安いですよ。孫末代まで着れますから」
というような呉服屋の売り口上を弁護するためのものではない。結論から先に言えば、きものは余りにも高い価格で売られている。そしてそれを消費者は当然のごとく受け入れさせられていることへの反証である。

 きものの価格設定、どのようにしてきものの値段が決まるかは「Ⅰ.きものの価格形成」で詳しく述べてきた。きものの価格は同じ商品でも店によりまちまちで、同じ店であっても買う場面(展示会や消費者セール等)によっても異なり、その差は数倍にもなる。

 商品は安い店が売れるのが原則だけれども、きものの場合その原則が作用しない。価格の高い展示会や消費者セールで量的に売れているのが実情である。

 なぜそうなるのか。消費者の頭には「きものは高いもの」という言葉が刷り込まれている。いや、刷り込まされている、と言った方が良いかもしれない。

「これは織るのに非常に手間がかかります。」
「これは作家物です」
「人間国宝の作品です」
こういった付加価値をアピールする呉服屋の売り口上が、「きものは高くて当たり前」というイメージを消費者に刷り込んでいる。

 これらの売り口上には嘘も多いが決して嘘ではないものもあるのは事実である。しかし、
「手間がかかる」・・・どれだけ手間賃か。
「作家物です。」・・・どれほどの作家の作品なのか。
「人間国宝の」・・・その相場はいくらか。
など突き詰めて考えたことがあるだろうか。

 確かにきものを作る工程には手間がかかるものが多い。しかし、それらを正当に評価したとしても巷で売られている高値の価格は度を越えている。

 きものは中から外まで(襦袢から帯まで)揃えると数十万円になると思っている人が多い。さて、翻って考えてみよう。

 きものは日本人の衣装である。形態は少しずつ変わってきたとは言え、歴史的に日本人は皆きものを着ていた。身分の高い人も低い人も。もしも、きものがそれ程高価であれば、日本人は古来相当に裕福だったのだろう。しかし、そんなことはないのは誰でも分かる。

 日本人皆きものを着ていたのだからきものが全て高価であるはずがない。身分の高い人達は高価なきものを着ていただろうけれども、数的にそれは少数で、圧倒的多数の庶民が着ていたきものは庶民が十分に手の届く価格であったことは間違いない。

 総じて言えることは、「きものは高い」と思う感覚はどこかがおかしい。きものを見れば、どんな着物でも「○十万円」と思ってしまうのは何かがそう思わせているのだろう。

 何故「きものは高い」と言う感覚が蔓延しているのか、詳しく解析してみよう。

 まず、一番目に挙げられるのは、実際にきものが高い価格で売られていることである。今市場で売られているきものの多くが非常に高い価格で売られている。「非常に高い」と言うのは、流通過程の通常のマージン以上の価格設定がなされている

 その原因は既に「Ⅰ.きものの価格形成」で述べているところで、一般的な流通の常識を遥かに超えた価格で売られているところに問題がある。しかし、本来これらは流通のアウトローとして捉えるべきなのだが、この「非常に高い」は、呉服業界においては少数派(アウトロー)ではなく、数的にメジャーになっている。

 華々しく商売をする呉服屋のほとんどがこの類である。消費者の目には、この「非常に高い」アウトローは、きものの主流と映っているに違いない。強力な勧誘、甘言によって販売される「非常に高い」きものを、消費者は「きものとはそんなもの」と受け取っているのである。

 私はこれらの存在を無視したいし、消費者が気付いてくれるものと確信している。

 きものの価格を論じるのにこれらは雑音でしかない。全国の心ある呉服屋は当たり前の価格できものを流通させているが、この余りにも大きな雑音が消費者をつんぼ桟敷に追いやってしまっている。

 と言う訳で、多くの消費者が直面している価格は、きものの本当の価格を論じる上では例外的、あるいは論じるに値しない価格としか言いようがないので、これから論じるきものの価格は、(非常に少数派ではあるが)常識的な価格のきものを対象にしていると思っていただきたい。

 さて、具体的にきものは高いのか、論じよう。

「きもの」と言うと、全て一色反にしてしまいそうだけれども、「きもの」と言っても様々である。普段のきものから式服まで。洋服に当てはめてみれば分かる。ジーパンからタキシードまで様々である。また、同じスーツでも、超ブランド物やオーダースーツ、から郊外店で売っているツーパンスーツまで価格もまちまちである。

「きものは高い」という裏には「洋服と比べて」と言う比較が伴っている。きものが高いか安いかは、洋服との綿密な比較をする必要がある。それは単に価格だけではなく定性的なものも含めて判定しなければならない。

 まず普段着について考えてみよう。普段着と言う言葉はかなり大雑把な言葉で、広い意味では式服以外と言える。この定義に当てはめて、洋服の普段着の場合はどうだろう。

 Tシャツも普段着と言える。ワンピースも普段着である。ニットスーツも普段着の部類に入れられるかもしれない。さて、その価格はと言えば、1,000円のTシャツから数万円のワンピース、10万円以上のニットスーツもある。さらに超ブランド品ともなれば、数十万円の普段着もあるだろう。結論的に言えば、普段着といえども全てが安いとは限らず、価格破壊のフィルターを通った超安価な物から一般人には手の届かないものまで様々である。

 きものの世界で、女性の普段着と言えば紬が揚げられる。紬と言えば結城紬や大島紬を連想する人もいるだろう。そんな人たちには、「結城紬って100万円もするんでしょ。」「大島紬は高いのよね。」と言った言葉が飛び交うことになります。「普段着と言えどもきものは高い。」そんな印象を受けてしまいます。

 洋服の普段着に高価なものから安価な物まであるように、きものの普段着も様々です。昔の人たちの普段着はどのようなものだったでしょうか。

 絹の紬を着られる人はそう多くはなかったでしょう。綿を着ていた人もいるでしょうが、綿が日本で一般的に出回る以前は、麻が主流でした。麻や綿を普段着としていた人が多かったでしょう。近代に入ると西洋からウールが入ってきて普段着としてのウールもありました。ネル、セル、メリンスといったウールのきものが出回りました。

 ウールはここ2~30年で急速に姿を消しました。「しょうざん」と言うウール着尺地が一世を風靡したこともあります。

 私の店では、綿反からネル、セル、メリンスまで揃えています。生産が減って入手するのも困難になりつつありますが、呉服屋の矜持としておいてあります。

 洋服の普段着と同じように着物の普段着にも高価なものから安価なものまであります。しかし、普段着と言えば紬、それも高価な紬ばかりを連想するのは、きものを正しく捉えていないからではないでしょうか。

 きものの普段着にはどのようなものがあるのでしょうか。また、日本人皆がきものを着ていた時代には普段何を着ていたのでしょうか。

 江戸時代などと昔に遡らなくても、戦前のきもの事情はどうだったでのしょう。紬はもちろんありましたが、普段着としては、綿やウール(ネル、セル、メリンスなど)が良く着られていました。

 私の祖母は圧倒的に綿のきものが多かったといいます。メリンスも袷で着ていましたが、メリンスは生地が弱く、普段には綿が主流だったようです。(正絹の)紬を着ている人は少なかったといいます。ほとんどの女性がきものを着ている時代に皆が(正絹の)紬を普段に着るほど紬は出回ってはいなかったでしょうし、綿の方が安価でした。

 普段着の主流は(正絹の)紬、と言う感覚は昔はなかったようです。普段着と言えば綿やメリンスを指し、(正絹の)紬は、高級普段着といったところでしょう。

 では、綿やメリンスはいくら位したのでしょうか。当時の物価を取り上げてもしょうがないので、私の店の在庫を取り出してみると

   純毛モス着尺(メリンス)  14,000円(税抜き)

   会津木綿         11,000円(税抜き)

   越後片貝、紺仁綿紬    23,000円(税抜き)

です。

 これを仕立てて着るには、仕立代や裏地が必要です。単衣、袷によっても違いますが、仕立て上げた場合、30,000円~50,000円くらいでしょうか。(正絹の)紬は、普段着るようなもので70,000円~80,000円位ですので、袷で仕立て上げて120,000円~130,000円位です。この価格は洋服に比べて高いのでしょうか。

 普段着のワンピースは安い物で3,000円~8,000円。ブランド物で20,000円~50,000円位でしょう。もちろん超ブランド品にはまだまだ高価なものもあるでしょう。

 ワンピースは3,000円、綿のきものは30,000円と言えば、きものは高いと思うかもしれません。しかし、ワンピースと綿のきものを定性的に比べてみる必要があります。

 新調したワンピースはどれだけの期間着るでしょうか。物持ちの良い人であれは数年間着る人もいるでしょうが、次々と新しいワンピースを新調する人もいるでしょう。

 綿のきものはと言えば、昔は10年、あるいはそれ以上着ていました。祖母の時代には数着の綿の着物を取り替えながら毎日着ていました。ほころびがあれば直し、裾が破れれば仕立て直しをして着続けていました。それでも、どうしても着れなくなった場合、解いて他の用途に流用していました。完全循環といえる使い方をしていました。

 綿のきものを1着潰すのにワンピース10着、と言うような単純な計算ではありません

 昔は仕立替えも自分でやりましたし、親が着たものを仕立替えして子供が着るといこともありました。ワンピースは流行を追えば次々と新しいものを着なくてはなりませんが、きものは流行がないので、着ようと思えば着続けることができます。

 結論的に言えば、洋服と着物どちらが高いか、という比較はできないという事です。言えることは、どちらも平均的な市民が無理なく着られる衣装であるということです。

「いや、そうは言ってもきものは・・・。」と言う人もいるでしょう。そういう方は

 きものに対する認識を変えていただきたいと思います。

 きもの、洋服どちらも長い目で見れば価格は同じだとします。しかし、一年の内360日を洋服で過ごし、5日だけきものを着る人にとっては、きものは大変高く感じられるはずです。もしも、360日を着物で過ごす人でしたらきものは安く感じられるはずです。  

 また、紬が普段着と思っている人が多いと思いますが、(正絹の)紬は、いわば高級な普段着です。まして、結城紬、大島紬に至っては超ブランド品の普段着と思っていたら良いでしょう。昔の人たちは皆が普段着として結城紬や大島紬を着ていた訳ではありませんから。

 ただし、結城紬や大島紬を高級紬として片づけてしまうには語弊があります。

 紬と言う織物が全てそうであるように、昔は商品としてではなく自分たちが着るために織ったものです。絹糸に限らず、麻や綿その他の糸を家庭で織り夫や子供の為に織ったのが普段着です。相当に手間暇が掛かったでしょう。農作業や家事の合間に織って何日も掛けて反物を織り上げたのでしょう。

 現代の労賃で考えればとてつもなく高価かもしれません。そうして織られた生地で普段に着る着物を仕立てて着ていました。そして、それは大切に着られました。何度も仕立替えをして、擦り切れて着れなくなれば、解いて子供の着物を仕立てるといった工夫もされました。

 自分で機を織り、自分で仕立て、そして完全に使えなくなるまで使用する。それは現代の感覚では計り知れないようにも思えます。

 労賃を金で換算し、現代の流行りの洋服のように一時しか着ない、もしも破れたり汚れたりしたら簡単に捨ててしまう、そういった感覚で言えばきものは大変高価かもしれません。

 日本のきものの神髄を良く考えていただきたいと思います。

 きものを全く持っていない人で、
「きものは着たいけど高くて」
とおっしゃる方に私は次のようにアドバイスしています。

 女性の場合は、
「お母さんやお婆さんのきものはありませんか。」
男性の場合は、
「親父さんやお爺さんのきものはありませんか。」
そして、
「あればお仕立て返致します。」と。

 仕立替えであれば、洗い張りと仕立て代だけで済む。そして、古着を着るのと違い自分の寸法で仕立てられる。とても安く済むのである。

 しかし、そう言われて奇異に思う人も多い。洋服の感覚で言えば、母親が来た古い着物を自分が着るというのは受け入れられないのだろう。母親のきものを仕立て返して着てきものの良さを知ってもらうというのは、とても良いことだと思うのだがいかがだろうか。

 現代の洋服の感覚を離れて、日本のきものの神髄を理解すれば単純に高い安いの議論とは違った位置にあることを感じられると思う。

 しかし、
「そんなこと言ったって・・・。」
と思う人が多いだろう。呉服屋の店頭には高価なきものが並び、きものを作ろうと思うと結局大枚をはたいてしまう。

 きものを着たい人に仕立替えを勧める呉服屋はまずないだろう。お客にはいかにして高いきものを売ろうかと腐心している。中には、その気もないお客にきものを売る為にあの手この手で店や展示会に誘い出す。

 そう言った呉服屋の所業が、益々きものを高いものと消費者に思い込ませ、消費者をきものから遠ざけていることに呉服屋は気が付かなければならない。また、消費者には賢明にきものの神髄を知っていただきたいと思うのである。

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