明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅱ.きものの販売手法 ⅴ消費者セール

きもの春秋終論

「消費者セール」という言葉は消費者にとって聞きなれない言葉かもしれない。「消費者セール」は業界内で使われる言葉で、消費者の目には「展示会」とかわらない商法である。

 ホテルや料亭、温泉旅館などで行われる展示会で、通常の展示会と異なるのは、主催が小売屋ではなく問屋であることだ。

 消費者の目には展示会と映るけれども、強いて違いを言えば、会場に他の小売屋のお客様もいることだろう。

 消費者セールの仕組みは次のようである。

 問屋が主催し、会場の手配、商品の手配、お土産の用意等、展示会の準備は全て問屋が行う。問屋は取引のある小売屋に案内してお客様を連れてきてくれるように呼びかける。

 小売屋はお客様に案内状を出して問屋が用意した展示会に連れて行く。お客様が会場で商品を購入すると、それは小売屋の売上となり、仕入れとなる。

 小売屋は問屋が用意した豊富な商品の中でお客様に商品を選んでいただき、仕入れ即売上となるために在庫のリスクがなく好都合である。

 消費者セールは何時ごろから始められたのだろうか。私が呉服問屋に入社した時(昭和50年代後半)は既に有ったので、昭和50年頃からかもしれない。

 小売屋で展示会が行われるようになって、更に効率の良い展示会の形式を求めたからかもしれない。また、小売屋の展示会では問屋が商品を協賛出品しても必ずしも売れるとは限らない。小売屋が在庫を売ったり、他の問屋の商品が売れる事があるからである。

 しかし、消費者セールであれば、全て自社の商品なので、消費者のお買い上げイコール全て自社の売上になる。そんな事から問屋が主催する消費者セールが頻繁に行われるようになったのかもしれない。

 消費者セールは問屋が主催するのだから、開催場所は小売屋とは離れた場所にならざるを得ない。商売の効率や利便性を考えると東京や京都で行われることが多い。他に金沢(加賀友禅)や博多(博多織)、沖縄(紅型、琉球織物)など産地で行われることもある。また、温泉場など観光地のホテル等で行われることもある。

 どちらにしても小売屋はお客様を連れて遠い会場に向かうことになる。

 小売屋にとっては、何の準備もせずに只お客様を案内するだけなのでありがたい面もある。また、消費者にとっては一小売屋が行う展示会よりももっと大規模な展示会で豊富な商品から選ぶことができて良い様に思われる。

 しかし、消費者セールには多くの潜在的な問題がある。

 まず価格の問題である。

 着物の価格は「Ⅰ着物の価格形成」で述べたように、仕入れの仕方によって消費者が購入する上代価格が大きく違ってくる。ソロバンを弾きながら買い取った商品よりも問屋から借りた商品は上代がずっと高くなる。消費者セールではどのように上代価格が決められるのだろうか。

 消費者セールでは沢山の商品が集められる。今時そんな沢山の在庫を持っている問屋はなく、問屋は消費者セールでは染屋、織屋、または産地問屋の協力を得て商品を集める。つまり、問屋は染屋や織屋から商品を借りて並べるのである。

 前述したように、商品を借りた場合、リスクが伴うので仕入れ値は高くなる。上代価格のベースと成る仕入れ価格は高いものとなるのである。

 さらに、ホテルや温泉旅館などで開催する展示会には手間と経費が莫大にかかる。東京の一流ホテルの大広間を借りるのに1日2,000万円と聞いたことがある。その他、搬入の費用、貸し物の設営など莫大な経費が掛かる。それらは全て消費者セールの売上で吸収する。つまり、莫大な経費は商品代金に上乗せされるのである。

 価格の問題はそれに留まらない。

 規模の大きな消費者セールでは、ありとあらゆる商品が並べられる。消費者のどんな要望にも応えられるようにと商品を集める。

 しかし、大手問屋といえども、全ての織屋染屋と取引があるわけではない。それでも商品アイテムの穴を埋める為に取引のある業者に商品を集めてもらう。仲間貸しという手法である。問屋の間で商品を貸し借りする。その為に、介在する業者が増え、その度に商品の上代価格はつりあがってゆく。

「消費者の為にあらゆる商品を展示会で集める」と言うのは一見消費者の為のように思えるけれども、実は消費者は高い買い物をさせられているのである。

 掛かる経費は商品価格に上乗せ。価格は同でもよいからとりあえず商品を集める。そういった価格は本来商売とはかけ離れている。

 どんな商売でも「より安く、より良い品を」消費者に提供することによって消費者の支持を得ることができる。しかし、ここでも又呉服業界における「小売価格に対する感覚の麻痺」(Ⅰ-ⅶ参照)が見られる。

 前述した通り、消費者セールを行う場所は東京や京都、有名な温泉場や着物の産地などが多い。小売屋はお客さんを連れてその会場に行くことになる。東京の小売屋が都内のホテルにお客さんを連れてゆくことは容易い。しかし、地方の小売屋はそうは行かない。

 また、温泉場や産地となれば何処の小売屋であれお客様に同行して会場に赴くこととなる。

 例えば私の店で東京の会場にお客様をお連れしようと思えば、新幹線で行くことになる。一人のお客様を連れて行く場合でも最低自分と二人分の運賃が発生する。交通の便が悪いところでは一泊することになる。

 こういった交通費等の負担は小売屋によって様々だけれど、小売屋が負担している場合が多い。

 山形からお客様一人をお連れすれば私の分とで運賃二人分、約45,000円かかる。宿泊するとなるとさらに3~40,000円程度掛かる事になる。

 それらの経費はどこから捻出するのだろう。ただで東京を往復、宿泊できるわけではない。冷静に考えればその経費は誰が負担し小売屋は何で回収しているかは分かるはずである。

 さらに、折角だからと消費者セールにいらしたお客様に豪華な食事の接待をしたり歌舞伎の観劇などに招待する小売屋もある。それらのプログラムも主催する問屋が用意する場合が多い。

 高級ホテルに泊まり食事や歌舞伎の接待にどれだけ掛かるのだろうか。それを回収するのにいくら着物を売ればよいのだろうか。まことに不可思議な計算式である。

 そういった接待は「Ⅱ-ⅳ 展示会」で述べた様々な手法と同じように、お客様を集める(お客様に買わせる)手段に他ならない。

 大分前になるけれども、展示会のあり方について問屋に、

「着物の質と価格を重視すべきで、あの手この手でお客様を集めて高い買い物をさせるのは商売の本質ではないし、長い目で見れば呉服業界にとっても良いことではない。」

と言ったのだが、その応えは、

「そんな事(接待費が価格に上乗せされている事)は消費者は百も承知ですよ。消費者セールに来るお客さんはそれが(接待が)楽しみで来るんですよ。今時着物を買いに来る人などいないですよ。」

 私は開いた口がふさがらなかった。消費者も馬鹿にされたものである。その問屋は続けて、

「それより今度鹿児島で販売会をするんです。お客さんを連れてきてください。こんなものを用意しました。」

そう言ってサツマイモの入ったネットを取り出して、

「これを下げてお客さんを回るんですよ。『奥さん来ましたよ~。今度は鹿児島ですよ。一緒に行きませんか。』ってね。客が集まりますよ。」

 呉服屋はいったい何を売ろうとしているのだろうか。消費者はそれをどのように受け止めているのだろうか。

                              つづく

 消費者セールは、問屋が設定して小売屋がお客様を集める構図である。それ自体は悪いことではなく、効率的に商売をするには良い商法ともいえる。しかし、最近はそれを逸脱する例も見られる。

 呉服屋の役割は何であろうか。

 呉服屋に限らず、専門店はお客様に専門的知識を提供しながら、お客様に最も満足頂ける商品を買って頂くのが使命ともいえる。

 洋服でも食品でも、また電気製品や調度なども購入する場合は、お店の人に説明してもらい、分からないことがあれば質問して買う商品を選定する。少なくとも専門店であればお客様の質問や要望に応える知識と技術を持っていなくてはならない。

 呉服という商売は実に奥が深い。他の業種も同じかもしれないが、呉服の知識を100%持ち合わせることは不可能かもしれない。それでも呉服屋は日々努力してお客様の要望に応えるべく勉強している。

 しかし、消費者セールではそれがおざなりにされている。

 小売屋がお客様をお連れして商売をするのであれば良いが、会場ではお客様とは隔絶してしまうことがある。

 消費者セールでは、専門的にお客様の相手をする(商品を売る)「マネキンさん」と呼ばれる人が配置される。着物をきちんと着て、それぞれの商品を担当して売り場に配置される。大変愛想の良い面持ちで立っているが、それぞれ担当した商品を売るように指示されている。担当した商品の売れ行きがマネキンさんの成績になるらしい。

 お客さんが自分の担当するブースの前を通りかかると声を掛けて商品を勧める。その商品を説明し実に巧くお客様に商品を勧める。お客様を連れてきた小売屋は何もしなくてもマネキンさんが着物を売ってくれる。小売屋にしてみれば、自分の知らない商品知識を持ち合わせたマネキンさんがお客様を満足させてくれる様に思われるが実は問題が生じている。

 呉服屋のお客様、とりわけ消費者セールにお連れするお客様となると、小売屋の上客さんである。そのお客様がどんな着物を持っているか、どんな時に着物を着るのか、価格的にどのくらいの物を望んでいるのか。そして、好みは、等十分に小売屋は知っているはずである。しかし、マネキンさんはお客様の事は全く知らない。ただ自分の担当する商品売ろうとしてくる。

 私も昔消費者セールに行った時、次のような事があった。

 お客様がとても買えそうにない高価な商品をしつこく勧める。私はその場に居合わせ、 
「その金額では支払いも大変ですからよく考えてください。」
と雰囲気を壊さないようにお客様に諭した。しかし、そのマネキンさんは畳みかけるように、
「支払いなんかいいですよ。ゆっくり払えばいいじゃないですか。ねえ結城屋さん。」と食い下がる。

 お客様が支払いできるかどうかはマネキンさんには関係がない。ただ売ろうとするのである。

 また、次のような事もあった。

 私の店のお客様がマネキンさんに捉まり、商品を勧められていた。そのお客様は既に買い物を済ませている。それでも更に着物を勧めるマネキンさんに対してそのお客様が
「もうあちらで決めましたので。」
と言うと、そのマネキンさんは、
「あら、そしたらあちらの商品はやめてこちらにしたらどうですか。」
と畳み掛ける。

 マネキンさんはお客様の事情も小売屋の事情も分からずに商品を勧めるだけである。

 お客様の目にはどのように映るのだろうか。

 豊富な良い商品から着物を選べると思って来てみると、思いもよらない物を勧められる。小売屋の主人は自分の好みや懐状態も分かっていると思っているお客様には大変失礼な話である。

 消費者セールであっても、自分のお客様は自分の責任で接客しなくてはならない。心ある小売屋さんはそうすると思う。

 しかし、そうではない小売屋も増えてきている。

 お客様を消費者セールに連れて来さえすれば着物が売れる。着物の知識が無い呉服屋でもお客様を会場に連れてくれば問屋、マネキンさんが着物を売ってくれる。そして、その売り上げは自社の売り上げとなる。そういったシステムができあがっている。

 そのシステムに乗ろうとすれば、小売屋が注力すべきは、いかにしてお客様の足を消費者セールに向かわせるかにかかってくる。

 商売のやり方として決して違法ではないし、効率よく売り上げを創り、利益を上げる方法としては重宝である。

 しかし、呉服の商売果たしてそれで良いのだろうか。

 今、消費者は呉服の知識がなくなっている。色々な意味でお客様をフォローしなければならない責任は、他の業界とは比べものにならないはずである。

 商品を並べるだけの問屋、お客様を連れてくるだけの小売屋、売るだけのマネキンさん。そのオートメーションに乗せられるお客様にはどれだけのメリットがあるのだろうか。

 価値の上乗せだけで付けられる価格、お客様の事情も分からぬまま商品を勧めるマネキンさん。商品知識も無く利益を得る小売屋。そのような危険が消費者セールに潜んでいるのは否めない。

 消費者が小売屋に誘われて消費者セールに出向くことは悪いことでは無い。しかし、その落とし穴にはまらぬよう心構えをもつことが肝要である。

 消費者セールに行く場合は次のような事に心がけてはいかがだろうか。

① 表示された価格が適正なのかどうかを徹底的に吟味する。

 消費者は着物の価値がよく分からないと言うが、誘ってくれた小売屋に徹底的に説明を求めたら良いだろう。

「前回見た着物よりずいぶん高いけれども何故なのか。」

「高い着物と安い着物はどこが違うのか。」

「その呉服屋さんの店頭でも同じ価格なのか。」

 欲しい着物が高いと思ったら、仮注文として後日他の店で比べてみる。

等の工夫が必要である。

② 誘ってくれた小売屋さん以外の人(マネキンさん等始めて合う販売員)に商品を勧められたら、その小売屋さんに説明された内容が本当にそうなのかを正してみる。

 自分の事を分かっている小売屋さんの見解をはっきりと聞くべきである。ただ売って利益を上げれば良いと思っている小売屋かどうかは反応を見れば推し量ることができる。

③小売屋さんが商品を勧めてきたら、何故その商品を自分に勧めようとしているのか説明を求める。

 心ある呉服屋であれば明快に答えてくれるはずである。行き当たりばったり、目立つ商品を何の考えも無く奨める場合もあるのだから。

着物のことならなんでもお問い合わせください。

line

TEL.023-623-0466

営業時間/10:00~19:00 定休日/第2、第4木曜日

メールでのお問い合わせはこちら