全日本きもの研究会 きもの春秋終論
Ⅱ.きものの販売手法 ⅶ何でも売る呉服屋
呉服屋は呉服を売るのが生業である。呉服と言うのは、着物、帯その他小物等、着物に関する一切合切を扱っている。一切合切と言えば聞こえが良いが、着物に関する商品を全て扱うというのは難しい。
例えば着物の表生地と言えば何があるだろうか。留袖や訪問着と言った高価な着物から綿反、ウール等の汎用品まである。ウールと言ってもネル、セル、メリンスなど様々である。それらを全て扱っている呉服屋は少なくなった、いやほとんど皆無だろう。
私の店では、着物に関する商品はできるだけ扱うようにしている。ネル、セル、メリンスはもちろん絹との交織、シルクウールなども扱っている。
小物も色々と揃えている。小物を求めてやってくるお客様とは次の様な会話がしばしば交わされる。
「すみません。○○は扱っていますか。」
「ええ、ございます。」
「えっ、あるんですか。ずっと探していたんです。」
○○に入る商品は、メリンスであったり、黒八(袖口や襟に使う黒い布)、別珍衿、その他様々である。着物を着付ける、または仕立てる為の必需品である。また八掛を買いに来る人もいる。
「八掛って売っているんですね。どこの呉服屋さんでも見本だけで現物を置いているところが無いんです。」
そんな言葉が聞かれる。
何故呉服屋はそのような商品を扱わなくなったのだろうか。中には足袋さえ扱わない呉服屋もあるという。夏物は扱いませんという呉服屋も多いと聞く。
答えは簡単である。「売れないから、在庫しておくのが面倒だから。」の一言である。
呉服屋は着物を着ようとする人の為に商売をしている。「売れないから」と消費者にとっては必要欠くべからざる商品を扱わずに呉服業が成り立つのだろうか。
しかし、実は「売れないから」と言うのは口実である。真意は「手っ取り早く儲けたい」の一言である。50万円の訪問着を売るのに慣れた呉服屋にとって1尺250円の黒八売るのは面倒なのだろう。20.000円のメリンス襦袢を奨めるよりも、50.000円の正絹襦袢を奨めた方が良いと思っているのだろう。
さて、表題に記した「何でも売る呉服屋」とは、上記に記した「呉服に関する商品は何でも売る」店を指すのではない。最近の呉服屋は、呉服以外の物を何でも売る。何でもと言っても、そこには「儲けやすい物」と言う制限が付いている。
宝石、毛皮、高級バック、絨毯から健康器具まで、呉服屋では何でも売っている。
呉服の展示会に行ったことのある人ならば経験したことと思う。そこでは宝石、毛皮など呉服以外の高額な商品が並べられていることがある。また、宝石や毛皮、健康器具、絨毯などの単品催事を行う呉服屋もある。呉服屋に慣れた消費者であれば格別違和感を感じなくなっているかもしれない。
私の店でも昔、問屋からそのような商品を扱うように奨められたこともあった。また、呉服とは全く関係のない商社の営業マンがやってきて「宝石を扱いませんか」「毛皮の催事をやりませんか」と誘ってきたことがあった。
宝石、毛皮、高級バックと言っても私には商品知識も無ければ相場観もない。無責任な商売はできない、と言うと、その営業マンは「客を集めてくれれば、あとはこちらで説明して売りますから。」ということだった。
何故、呉服屋で呉服以外の高額品を扱おうとするのだろうか。
呉服屋にしてみれば、着物が売れないご時勢で、何とか売上を確保したい気持ちもあるのだろう。そして、それが高額品であれば手っ取り早く儲けられる。客を集めさえすればあとは全て商社から派遣された専門家がやってきて説明して売ってくれる。
商社にしてみれば、狙うのは呉服屋が持つ名簿である。高額品を買いなれた名簿を持っている呉服屋は格好のターゲットである。高額品を買う消費者を求めている商社、着物以外に売上を手っ取り早く創りたい呉服屋の利害は一致している。
しかし、呉服屋は果たして消費者に対してそのような商売に責任が持てるのだろうか。
商品知識も無く相場観にも疎い人間が消費者に高額品を売る責任をどう考えているのだろうか。
もちろん、商品を扱うに当たってはいくらか勉強するかもしれないが、それはどれほどのものだろうか。宝石一つとってみても、どれだけの知識をもって消費者に説明できるのだろうか。「このダイヤモンドは・・・」と言って販売する裏にはどれだけダイヤモンドの知識が必要だろうか。健康器具を扱うのに、本当にその機能を理解して販売しようとしているのか。はなはだ疑問である。
それは呉服を裏返せば話は早い。
呉服を売るのにどれだけの知識が必要か。商品知識、仕立の事、価格(相場観)等々。うろ覚えの知識で販売できるものではない。いや、販売はできるだろうが、それが何を意味するのかを考えればよく理解できると思う。
呉服屋はあらゆる販売方法を駆使して、あの手この手で高額な着物を売る術に長けている。そして、その術をもって高額品であれば何でも売ろうとする呉服屋が多い。
呉服屋の中には、きちんと専門部隊を設けてそのような商品を販売しているところもあるが、多くはただ売るための商売になっているように思える。
扱う商品が高額であるだけに、その弊害のしわ寄せは全て消費者にのしかかっている。